七、迫フヤ 仏ヲ 追ハレツルニ

誰も考えるが、我々が道を尋ね、法を慕い仏を迫うて、様々な努力を重ねるという。まさにそう見えるものであるが、しかし私が、よし仏を追っているとしても、実はそれが、「仏が吾々を追い」、「仏に追われている」その姿なのではあるまい

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六、開カレツルニ 叩クトハ

イエスはいう『叩けよ、さらば開かん』と。この約束がどんなに有難いものであるかは、伊いうを俟たぬ。だから、この教えでも感謝に余る。だが、もっとこの真理を深く見詰めると、叩くという私の行為が因で、開かれるという神の行為が果た

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五、指スヤ 西ヲ ドコトテ 西ナル

人々は西方浄土をあこがれる。なぜ西なのか。太陽が沈む彼方を連想するからである。丁度光といえば、日の出づる当方を想い見るに等しい。だが西という言葉に囚われては、二義的な西に沈んでしまう。

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三.都イヅチ 問ヒノ サ中

心が追い求める都は、何処に在るのだろう。都は遥けき彼方にあるとも思えるのである。 だが、ほんとうにその都に憧れる心とは、そもそも何であろうか。考えると、この問いを持たなくば、都は無いに等しいではないか。

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夢十夜 第六話

ものの上手下手について、以前読んだ夏目漱石の『夢十夜』より。 第六夜 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。 山門の前五六

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