十六、真向ケヨト 云ヒ給フ

真宗で仰ぐ阿弥陀如来を『お真向き様』という。真正面に、吾々に対して佇む御姿だからである。だが仏もまた私たちに向かって『真向けよ』と囁いているのである。真理を見つむともなれば、右を顧み、左を眄いて何の益があろう。惑う者は真向かないのである。真向けないのである。横に眼を注いだり、後を振り向いたりしてしまう。だが一向に真向かずして、何の生活があろうか。一切の人間の暮らしは『一向』であり、『専修』でなければなるまい。それを怠るために、あたら時を費やし、想いを枯らしてしまうのである。ためらいなく、一途に道を進むべきである。真向くより他に心を明るくするものはない。光を慕う故に、真向くのである。丁度黄金の大輪をかざして、太陽に真向く向日葵のように。

柳 宗悦『南無阿弥陀仏』より抜粋

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